言葉にすることは、自分も理解を深めるチャンス。

日常、言葉にするという行為は、他者のためにすることが多い。
それは、伝達のためであり、他者に理解してもらうため。

だが、自分が理解していない限りは言葉にできない。

自分の中で整理できて、どのように伝えたら最も自分の考えや気持ちを理解してもらえるか、頭をフル回転させている。

ゆっくり物事を考えることも大切だが、とにかく頭の中だけの世界から抜け出すことで、自分がどれほど理解できているかを確認することのほうが大事なのではないか。

なにも、何でもかんでも他者に伝えるのではない。
紙やパソコンなどに、書き出してみればいい。

書き出してみて、書いているうちに思考が整理されていく。
自分でも考えていなかった、認識していなかったことが自然と文の流れで出てくることも多い。

とにかく、出力していくことが大切。
ときには噴火し、爆発してもいい。
それだけのエネルギーから生み出されるものは大きいのだから。

その後、ゆっくりと整理しても間に合う。
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満足はできない。

全てが満たされると言うことがないから。

常に何かを欲しているから。

物質的なものであれ、精神的な物であれ。

常に欲している状態。
これを自覚していれば、もう少し他人に優しくなれる。
そして、自分には厳しくいられる。

自己犠牲とは違う。
自分を犠牲にしてまで、他人を思う余裕は本当は誰もないのではないか。
必ず、どこかで自分への利益や見返りを求めているのではないか。

なにも、物質的な利益や見返りではなく。

愛されたい。
その気持ちは、常に欲しているはず。

なんであれ、物事に満足はない。
満足したと思った瞬間、そのものの不満な点がみえてしまう。

そうしてどんどん追求。

この、満足できない、満足しないことが、自分を高める。

ゆるゆると生きるなかにも、実は自分を追い込んでいっている自分がいるのがわかる。
意識的に追い込んでいくよりも、ゆるく生きているときのほうがつらい。

自分への言い訳を考えなければならないから。

追い込まないで生きていこうと考えたこともあったが、どうせなら追い込んでしまおう。

一時の満足という快楽を感じたいから。
今の目標の達成を少しでも味わいたいから。

それを何度も味わいたい。

だから、満足は結局できない。
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わからないことだらけ。
だからやってみないとわからない。

自分で探していかないと、みつからない。

わからないことと向き合うのは、苦痛。

苦痛だって、やってみなきゃ、苦痛かどうかわからない。

だから、やってみる。

人とぶつかり合うことは、簡単。
自分とぶつかり合うことが難しい。

逃げられないから。
自分自身からは。

だったら、向き合ってぶつかってるほうが良い。
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ありがとう。

たった一言なのに、意味が深い。

感謝の気持ち、嬉しさの気持ち、ありがたさの気持ち。

ありがとう。

たったこれだけの言葉で、元気が出ることが多い。

この言葉に、気持ちが入っていなかったらどうなのだろう。
きっと、それは何の意味も持たない言葉。
または、決別の言葉。

本来なら、とても気持ちの良い言葉だけに、気持ちがこもらない、嫉妬や悪意を持って使われると、とたんに別れの言葉となる。

言った側が決別や別れを望んでいるからとは言えないが、少なくとも言われた側は決別したくなる。今後関係を持ちたくないどころか、相手の名前を耳にするのもイヤになる。

美しい言葉なのに、ありがとうって。

ここに誓う。

感謝や嬉しさなど、自分が優しい気持ちで心を込めて言えるときしか言わない。
温かい心がこもらないなら、言わない。

だからね、幸せな気持ちにしてくれたみんな、ありがとう。

いなくなった人、さようなら。
表面だけの人、さようなら。

一緒に悩んでくれた人、ありがとう。
一緒に苦しんでくれた人、ありがとう。
一緒に悲しんでくれた人、ありがとう。
一緒に喜んでくれた人、ありがとう。
一緒に楽しんでくれた人、ありがとう。
一緒に学び合った人、ありがとう。

僕のために、怒ってくれた人、ありがとう。
僕のために、泣いてくれた人、ありがとう。
僕のために、考えてくれた人、ありがとう。
僕のために、笑ってくれた人、ありがとう。
僕のために、心配してくれた人、ありがとう。

どれも、温かい心がある人だけね。

社交辞令はいらない。

この意味がわかってくれた人、ありがとう。
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どれだけ多くの人と出逢っても、気持ちに残るのはわずか。

たとえ、数年会っていなくても、そういう人となら、時間の流れは関係ない。

心にふと思い出す人。どこかで常に気にしているのだろう。
そういう人は、恋愛感情とかではなく、人として気になっている。

自分の大切な人の、大切な友人。
きっとその中でも、誰が大切なのか気づくときがある。
自分の大切な人を、ちゃんと大切にしてみていれば。

自分自身、過去の大切な人、すでに失ってしまったが。
今思うと、その人の大切な友人というのを知らない。

大切な人。
それは、自分にとって大切なだけでは足りないのだと思う。
大切な人の大切な人を知ることができて、大切な人が誰なのかわかる。

もちろん、自分が大切にしない限りは、大切にもされない。
周りで温かくしてくれている人に感謝。

自分をさらけ出せる人に感謝。

受け入れてくれる人に感謝。

理解してくれる人に感謝。

出逢いとは、感謝ができるかどうかなのだとこの頃思う。
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# by yamikokoro | 2010-08-17 18:15 | 体験から